子供を産む

子供を産み育てることは生物の大きな生きる目的である。人間にもそのDNAは受け継がれており、だから人を好きになったり、セックスが気持ちいいものだったり、自分や愛するものを守ろうとする防衛本能が働いたりするのである。これらはすべて子供を産んで種の保存を目的とする行動や体の仕組みなのである。

ただし、人の場合、そうも簡単に片付けられない問題でもある。というのも、他の動物とは違い脳が発達し、優れた知識を持ち、さらには様々な感情を表現するように進化したからである。子を生むのは本能的行為であることは理解しているが、それ以上に様々な感情を産み出すのである。自分が生きている証だったり、生きている実感を感じることもあるかもしれない。

基本的に一人では子供は産めません。育てることは可能ですが。セックスを行い、受精しないと命の誕生はありえません。そしてセックスにいたるまでには様々な道のりがあったのです。とても時間のかかった人もいれば一瞬のうちにセックスまで辿り着く人もいたでしょう。さらに遡ればそこには人と人との出会いがあったのです。すべてはそこから始まったのです。その出会いにより動物的本能がこの相手とセックスをしてもいいのか、つまり子の相手との子を産んでもいいのかという指令が出されます。ここで少しでもOKのサインが出ればそれが恋の始まりです。

しかし、人間にとってセックスは単なる子供を産むための行為だけではなくなってきているのです。人間にとってセックスは愛情を確かめる行為であったり、快楽を得るための行為であったり、自分の存在を確認する行為であったりします。様々な感情を持った人間だからこそこのような考えが生まれるのです。

タイプや好み

人と人とが出会い、そして恋に堕ち、愛を確かめ合って結婚し、子供を授かる。この流れが一般的に多いパターンでしょう。場合によっては多少順番が前後する場合もありますが、概ねこのような手順で子供を産むことになります。

出会って恋に堕ちるかどうかの判断はこの子供を産むという行為、つまりこの相手のDNAを後世に受け継いでいくのかどうかというところを本能の中で判断しているのかもしれません。その判断基準が自分のタイプとなるのです。より優れたDNAを受け継いでいかせたいという本能が自分の好みとなって表れているだけで、容姿端麗、若くて健康な相手を求めるのは通常のことであり、理想が高いのはより良いDNAを残していきたいという自分の子孫のことを考えた結果なのかもしれません。もちろん、自分の満足を得るためだということも否定はできませんが。

子を育てる

子を産めばその子を育てるのが義務であり、それは本能的に行動として行われるでしょう。なかには例外もありますが、そういう例外の場合は何らかの欠陥があるとしかいいようがありません。子を産みそだてることは容易ではありません。かなりのる力を必要とします。ですから愛する人との子供という自分以外の血を受け継ぐことで、その労力を分散させ、あるいは育てる気持ちを高める効果もあるのでしょう。

人の子は他の動物とは違い、自立するまでの時間が非常に長く、親の手助けなしでは生きていけません。子を産めば親は自分よりも子を優先するようになります。これも愛情の一種でしょう。ここまで覚悟を決める相手を出会いの一瞬で第一次面接をかけるのですから、人間の感情や脳って素晴しいものがあるのだと改めて実感させられますね。

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